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神戸地方裁判所 昭和48年(ヨ)195号 決定 1973年10月08日

債権者

鍋島重弥

外一〇名

債権者ら訴訟代理人

井藤誉士雄

外三名

債務者

敷島興産株式会社

株式会社長谷川工務店

債務者ら訴訟代理人

高沢嘉昭

主文

債権者中川安雄、同大北ユキノが共同で債務者らに対し一括して一四日以内に金一〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らは、神戸市東灘区住吉東町二丁目一、四七八番の二、一、四九一番宅地1,712.01平方メートルの上に建築しようとしている鉄筋コンクリート造一部六階建、一部五階建、一部四階建共同住宅(第五次案)の最も西側の六階一戸分および同じく西側五階二戸分(別紙図面(二)に斜線をもつて表示した部分)の建築工事をしてはならない。

その余の債権者らの本件仮処分申請を却下する。

理由

第一、本件申請の要旨

「債務者らは、別紙物件目録記載の建物に対する建築工事をしてはならない。」との裁判を求め、その理由として、

一、債権者らは、神戸市東灘区住吉東町二丁目に表(一)並びに別紙図面(一)記載の通り、土地建物を所有し、或いは居住している者であり、債務者敷島興産株式会社(以下単に債務者敷島興産という)は高層建築物の設計、管理、販売等を業とする会社であり、同株式会社長谷川工務店(以下単に債務者長谷川工務店という)は高層建築物建築の請負等を業とする会社である。

債務者敷島興産は債権者らの土地建物に南接する別紙物件目録記載の土地(本件土地)に、左記の如き分譲マンションを建築する計画を立て、債務者長谷川工務店は同建築を請負つた。

1  構造 鉄筋コンクリート七階建

2  建築面積 948.706平方メートル(建ぺい率55.41%)

3  延べ面積 5,981.440平方メートル(容積率349.38%)

4  建物の高さ 二〇メートル

二、ところで右住吉東町二丁目の債権者らが居住し或いは所有する土地は、住吉川から約一〇〇メートル西方、国道二号線より約二〇〇メートル南方、国道四三号線及び阪神電鉄本線よりそれぞれ約六〇〇メートル及び五〇〇メートル北方に位置し、周辺は国道二号線沿いの土地に東灘区役所や郵便局等の公共用建物及びマンション(一棟)がある以外は殆んどが木造二階建の民家が立ち並んでおり、日あたり、通風並びに眺望ともに好条件の土地であり、従前は住居地域に指定されていたが、昭和四八年七月一四日本件土地及び債権者らの土地はすべて第二種住居専用地域及び第二種高度地区(建ぺい率許容限度六〇%、容積率許容限度二〇〇%)に指定された。

三、いまもし債務者らの計画する通りの建物が完成した場合には、債権者らはそれぞれ、別表(二)に記載する日照阻害を受ける他、右債務者らの建物が債権者らの家屋の南側に屏風の如く立ちはだかり、南風北風ともに通風が悪くなるばかりか、乱気流を生じ債権者らの家屋に風害を生ずるおそれがあり、債権者花房、同生島を除くその余の債権者にとつては住吉川沿いの松並木への眺望は奪われ、債権者全員にとり南側への眺望は一切奪われる。又債権者らは家屋から天空を仰ぐことも阻害され、債務者らの建物から威圧感を受けるは勿論、同建物からの覗き見等プライバシー侵害の虞れに晒される。

四、これら債権者らの日照、採光、通風等の生活利益が奪われた場合には、もはや後日これを回復することは殆んど不可能となるので債務者らの別紙物件目録記載の建物の建築を禁止する裁判を求め本申請に及んだ。

第二当裁判所の判断

一当事者間に争いのない事実並びに本件疎明資料によれば次のことが一応認められる。

1  債務者長谷川工務店は同敷島興産より分譲マンションの建築を請負い、昭和四八年二月五日債権者ら主張どおりの計画(第一次案)により建物建築確認を神戸市から受けたが、債権者らを含む近隣住民との交渉の結果、右計画に漸次変更を加え、本件仮処分申請時頃には第四次案により、更に当裁判所における審尋の過程で第五次案(別紙図面(二))によつて建築することを決定し、既に基礎工事に着工している。

2  債権者らは別表(一)並びに別紙図面(一)記載の通り本件土地の北側隣接地に居住又は家屋を所有する者であり、本件土地の地理関係並びに付近の建物状況は債権者らの主張(申請の理由第二項記載)の通りである他、更に債権者らの家屋の極く周辺では高層建築物として債権者青木、同鍋島ら家屋の西側を南北に通ずる道路を隔てて向い側に六階建国鉄職員の寮、同寮の北側に三階建の養護学校がある他は一帯に殆んど木造二階建の民家が立ち並んだ閑静な住宅地帯であり、債権者らの家屋自体には日照並びに通風を阻害する物もなく(右寮、学校等は債権者ら建物の日照、通風等の環境には影響しない)、南からの浜風、六甲山からの山風を享受できるほどで、後記新用途地域指定前(右建築確認時頃)は住居地域に指定されており、又今度の新用途地域指定の際も第一種住居専用地域に指定されてもおかしくないと思われる程の土地柄である。

3  ところで債務者らの現在計画している前記第五次案によれば、別紙図面(二)のとおり東西棟(以下便宜上同図面上で『共同廊下』を境とし、塔屋部分を含む東西に長い部分を東西棟、南北に長い部分を南北棟と称する。)は一部六階、一部五階、一部四階の、又南北棟は一部六階、一部五階の建物(以下本件建物という)であり、本体部分(塔屋部分を除く)の最高部(六階)は南側道路面から17.3メートル、塔屋部分迄の高さは同道路面から21.9メートルであり、債権者ら敷地境界線から東西棟本体までの距離は11.8メートル、南北棟本体までの距離は7.430メートルである。

そして右建物が完成した際冬至(日の出時刻午前七時八分、日没時刻午後四時四八分)において債権者ら家屋に及ぼす日影の結果債権者ら家屋が日照を受けるのは、

1 債権者鍋島は午前一〇時頃から、

2 同長橋両名は午前一〇時半頃から、

3 同中川は午前一一時半頃から、

4 同大北は正午頃から、

5 同原田は午前一〇時頃から、

6 同大島同木幡は午前九時過から、

7 同青木は午前九時過から、

いずれも日没時まで

8 同花房は日の出時から午前一〇時頃迄と正午頃から日没時まで、

9 同生島は日の出時から日没時まで以上の通りである。

二1 本件土地付近は昭和四八年七月一四日第二種住居専用地域(第二種高度地区)に指定されたのであるが、これによれば、第二種住居専用地域並びに第二種高度地区内における建物の形態制限は、容積率二〇〇%、建ぺい率六〇%、斜線制限は、前面道路斜線(勾配)は前面道路の反対側の境界線から勾配一分の1.25、隣地斜線は敷地境界線から立ち上り二〇メートル、勾配一分の1.25、北側斜線制限は真北に対し前面道路の反対側の境界線又は隣地境界線から立ち上り五メートル、高さ一五メートルまで一分の1.25、高さ一五メートル以上は一分の0.6の勾配となつている。

債務者らの現在計画する本件建物は、容積率191.113%、建ぺい率33.022%であり、右新用途地域指定第二種住居専用地域(第二種高度地区)の形態制限に合致し、北側斜線も債権者ら主張の境界線によつても、右制限に合致し、前面道路斜線制限(なお債務者敷島興産は建築基準法施行令第一三一条の二第二項の前面道路とみなす幅員一五メートルの計画道路の承認を受けている。)にも合致している。

2 ところで日照、採光、通風等債権者(被害建物の居住者乃至は所有者)の被る被害の程度が、諸般の事情を考慮し、いわゆる受忍の限度を越えていると認められる場合には、その侵害の排除、差止めを求めることができると解すべきところ、債務者らの予定する本件建物は以上認定したように新用途地域の指定による規制に適合するものであるが、これに適合しているとの一事でもつて債権者らの被る被害が受忍限度内であるとは必ずしも断定できず、その余にも同土地の具体的な地域性、居住者らの従来からの先住関係、当該建築により被る日照阻害等生活上の被害の程度を考慮してその点の判断をしなければならないのは勿論である。

3 そこで今、日照の点を中心にして、まず債権者中川、同大北の両名につき判断するに、疎明資料によれば、債務者らの第五次案より東西棟の五階部分の最も西側の一戸をカットし同部分を四階までにした場合に(債務者らが最終和解案として掲示した案。以下便宜、債務者案という。)

イ、右中川の場合、冬至において同人居住家屋二階南側の窓に日照があり始めるのは午前一〇時半頃であり、全部日照があるのは同一一時頃からである。

ロ、又右大北の場合、二階南側西寄の窓の一部に日照があり始めるのは正午前であり、同南側二個所の窓全部に日照があるのは午後一時頃からである。

(なお両債権者とも日照は、右各時刻以降日没まで続く。)以上のことが認められる。

ところで冬至における日照が日の出午前七時八分から日没午後四時四八分まであつても、日の出、日没近くの日照は太陽光線の角度が低く、日差しの弱いことを考えると、日照阻害の程度も単なる日照時間の長短のみで判断することは妥当ではなく、特に正午前後の日照時間を中心としてこれを考えなければならない。

そこで仮りに右中川に対する関係において、右債務者案より更に東西棟最も西側の五階部分一戸をカットすれば、ほぼ午前一〇時頃から同債権者二階南側の窓の一部に日照が受けられ(同一〇時半頃窓の全部日照が確保できる。)。又同大北に対する関係においては、債務者案より東西棟の六階部分(一戸分)をカットして五階にすれば、正午には南側二階の窓のほぼ全面に日照が得られる。

そして右両名に関しては少なくとも右程度の日照が確保されるのでなければ受忍限度を越えると解さざるを得ない。

そこで次にその余の債権者について考えるに右第五次案によるも、前認定の日照が得られている。尤も本件建物の建築により或程度の眺望侵害、通風障害も予想されないではない。しかしこれらの事情を考慮に容れても未だ受忍限度を越えるものということはできず、結局被保全権利の疎明はないという他はない。(債権者が譲歩案として掲示した一部五階、一部四階案でもこれらの障害は既に予想されるところである。)

三1以上のとおりであつて債権者中川、同大北がそれぞれ本件建物の建築(第五次案)によつて受ける前認定の不利益は右債権者らの受忍すべき限度を越えるものであつて、右債権者らは、両債務者に対し、本件建物のうち別紙図面(二)上で示す東西棟の六階部分(一戸分)、五階部分のうち西側二戸分の建築工事差止めを求める限度で同建物の建築工事差止請求権を有するというべきである。

そして本件建物が債務者らの計画通り完成してしまえば後日これを除去することは著しく困難であることが明らかであるから保全の必要性も認められる。

そこで右両名債権者らが共同で債務者らに対し一括して一四日以内に金一〇〇万円の保証金をたてることを条件として債務者らに対して本件建物(第五次案)のうち前記部分を建築してはならない旨命ずる。

2 また右両名債権者を除くその余の債権者らの本件仮処分申請は失当としてこれを却下することとする。

(山田鷹夫 大田朝章 片岡博)

物件目録

神戸市東灘区住吉東町二丁目一四七八番の二、一四九一番

宅地 1712.01平方メートルの地上に建築しようとしている。

鉄筋コンクリート造一部七階建、一部四階建、一部二階建共同住宅 壱棟

延べ床面積5,981.44平方メートル

別紙図面(一)

別紙図面(二)

別表一

債権者

別紙図面(一)

上の建物番号

摘要

鍋島重弥

二階建居宅(同敷地)所有。

長橋昌子

二階建居宅(同敷地)所有。昭和三七年より居住。

長橋席司

妻長橋昌子と同居。

中川安雄

二階建居宅(同敷地)所有。昭和二七年より居住。

大北ユキノ

建物(同敷地)所有。

花房楢一

昭和二〇年より居住。申請外学校法人住吉学園所有地上

に申請外天野利三郎がこれを賃借して、建築した居宅を債

権者が賃借した。

生島潤二

昭和一三年より居住。建物賃借に至る経緯は花房に同じ。

原田正男

建物(同敷地)所有。昭和三七年より居住。

大島栄子

建物(同敷地)所有。昭和一六年より居住。

木幡陽

大島所有建物に昭和一六年より同居

青木慶二郎

建物(同敷地)所有。昭和二一年より居住。

別表(二)

各債権者の被る日照阻害時間

(建物平面のほぼ半分が日影になつた時を基準とする。)

債権者

日照阻害時間

鍋島重弥

日の出時(午前七時〇二分)から午前一一時三〇分過ぎ頃まで、

約四時間三〇分。

長橋昌子・席司

日の出時から午後〇時三〇分頃まで、約五時間三〇分。

中川安雄

日の出時から午後一時三〇分頃まで、約六時間三〇分。

大北ユキノ

日の出時から午後二時三〇分過ぎまで、約七時間三〇分。

花房楢一

午前一〇時頃から午後三時過ぎまで、約五時間。

生島潤二

午前一〇時三〇分頃から午前一一時三〇分頃まで、及び

午後二時前から同二時三〇分頃まで、合計約一時間三〇分。

原田正男

午前九時頃から午後一時三〇分頃まで、約四時間三〇分。

大島栄子・木幡陽

午前七時三〇分頃から正午頃まで、約四時間三〇分。

青木慶二郎

日の出時から午前一一時頃まで、約四時間。

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